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オーストリア帰国日2017/11/13 18:19

目覚ましの音と共に目が覚めた。辺りはまだ暗く静かだ。
窓から中庭を見ると、昨夜雨が降ったようだ。簡単に軽食を食べ準備する。
予めほとんど詰めていたので、身の回りの物を仕舞って完了。
ここで、前のホテルにハンガーを忘れていたことが分かったが諦めた。
離れにあるホテルの受付に鍵を返して帰国の旅へ出た。
前のスーパーに辛うじて灯りが見える程度、街は暗い。
息が白く気温も下がっている、今回の出発はもの悲しい。

最寄り駅から出る空港バスに乗るため、早目に出て待つと、時間前にバスがやってきた。
普通バス亭付近に販売機があるものなのに、それらしき物が無かったので仕方なく割高な車内販売で買った。バスは月曜の朝出勤するお客を拾いながら空港に着いた。
来る時も感じたが、オーストリアのバスって結構スピードを出す。とろとろ走っている乗用車を追い抜くのだ。急ブレーキもあって結構楽しめる。

出発便を確認して、チェックインカウンターに向かうが遠い。やっと着いて機械でチェックインする。昨夜頑張ってネットで済ませたので搭乗券を印刷するだけで終わる。便利になったものです。
傍の荷物を預ける列に並んでると、いつの間にか日本人の団体が後ろに並んでおり、現地ガイドが流著な日本語で案内している、それも敬語を使ってました。
パスポートを集めて順番に機械でチェックインし、返している間に荷物が素早く預けられるている。ベテランガイドのようでツアーガイドと話していた。

今度は定刻通りに飛び立ち、上空から陸地を眺めるとパッチワークの畑が広がっていた・

スキポール空港に降り立つと、一気にオランダの香りが漂う。
カボチャ程の球根が売られており目に付いた。

待ち時間は3時間、シェンゲン圏内から出る時は簡単に出られ、機械でパスポート確認が行われてヘルシンキと同じだった。
時間を持て余したが、ネットが繋げられて、嫁は日本の動画を観てたら突然映らなくなった。
どうやら容量制限があるようです。

ここも定時に出発する。食事が出されたが、日本式とヨーロッパ式の違いがあまり分からなかった。オランダで作る日本式の食事はそんなに美味しいとは思いません。
横に座ったお兄ちゃんは背が高く、座席が窮屈そうで立ち上がり身体を伸ばしてました。
北海沿岸を飛行し、バルト海へ向かうルートは2回目だと思う。

帰国する時は、昼から夜になり朝になって関空に着く。
朝焼けの光景が神秘的だった。

モンゴル上空から急旋回して中国へ南下する。問題の北朝鮮を迂回するように韓国上空を飛行した。
毎度の事だが、ウトウトしてると起こされ食事が出される。

今回は長く感じた帰国だった。
関空に降り立ち、主翼のフラップが上下最大に開いて急制動が掛かった瞬間旅が終わった。

ウィーン最終日(更新)2017/11/11 11:40

今日も朝から小雨、急に気温が下がって寒さを感じる。
日曜日なので付近は閑散としており、近くのスーパーも開いてない。
買い出ししようと思っても店自体が開いてないのでどうするか思案してたら、同じような状況になった人が居たようで、ネットで開いてるスーパーを見つけた。
丁度嫁の行きたい美術館の近所だったので、トラムに乗りフォルクステアターにあるレオポルト美術館に向かった。

個人所蔵の美術館なので幅広く作品があり、目玉作品以外は興味が湧きません。
部屋から外を眺めるとヨーロッパらしい光景が見えたので一枚。
屋根の色は茶色でイタリアと同じだ、違うのは寒いので煙突が至る所に出ている事でした。

昔のウィーンの風景画、ガラスで反射して上手く撮れませんでした。

この作品は、何故か私の目を止めた。レンツという画家で青木繁の「海の幸」を彷彿させる。
結構迫力があり印象に残った一枚です。

この画も印象に残った。中世のウィーンの家庭を描いた物みたいだ。

昼になり、今回初めて美術館の食堂に入ってみた。ガイド本によれば評判の店らしく、次々に客が入ってくる。
定番のウィーナーシュニッツェル。初めて食べたが、家の近所のスーパーのカツの方が美味しく感じる。

アルプスを描いた作品もあったので、私は結構楽しめた。
その他は現代芸術の作品もあるが、興味ないので館を出た。

おみやげ調達のためスーパーへ。
どう見ても観光客と思われる人達で溢れてました。
レジは長蛇の列、みなさん辛抱強く待ってます。
やっと会計を終え、トラムに乗り一旦宿に戻り仕切り直す。ウィーンは直ぐトラムが来るので便利でした。
再度トラムでカールスプラッツから地下鉄1番線に乗り、郊外の国連都市を目指した。
休みで何も無かったのでその先の駅前にある大型スーパーに行くことにした。
だが、巨大スーパーにも関わらず休み、横の巨大映画館が開いており、フードコートだけ盛況だった。何故か京都とか何とか(忘れた)の明らかに日本をイメージした店があったが、中国人が経営していることがうかがえる。和食店に普通キムチやギョーザは出ないでしょう。
数店あったのには驚いた。ウィーンでも日本食がブームなのかなぁ?

帰り道ドナウ川の橋上にある駅で降りる。韓国人のお姉さん達以外、我々だけ。
駅の窓越しに川が眺められ、橋に付随して歩道もあり閑散とした長い橋を歩く。

初めて見るドナウ川は水量が多く感じる。これが黒海まで延々と続くのかと思うと、ヨーロッパ大陸の大きさを感じる。

国連都市を背に観光客を乗せた遊覧船がデカイ、中で食事をしているようだった。
正に大河の光景です。私は一度見たかったドナウ川を目に出来て結構満足した。

夕暮れになり、最後にシュテファン寺院に戻る。
近くのスタンドで美味しそうに食べてる人を見て、嫁がアレを食べたいと言うので注文したらホットドッグが出てきた。ソーセージだけ頼んだつもりがパンに挟まれて出て来てしまった。
う~ん語学力不足を感じます。仕方なく半分食べる羽目になった。
明かりが点き始め、人通りも多い中、路上で人集りが出来ていた。小型スピーカーから伴奏曲が流れ歌っている。一曲終わるとiphoneを操作して次の曲を出して歌ってました。
時代が変わった感じです。この人、結構上手くて見物人から結構御祝儀を貰ってた。
どこかの劇団の人がバイトで小銭を稼ぎ度胸を付けてる感じがした。

夜のホフブルン宮殿から歩きカフェ・ツェントラル前に出たら、店前には長蛇の列が出来ており
入る気力が無くなった。
外から見えてるだけでも宮殿の様な室内だ。ここで食事など私には場違いです。
夕暮れのウィーンを歩きながら、今回の旅行も終わりかと思いつつ歩く。
もう死ぬまでに来れないでしょう。

近くの庶民的な店に入る。ここの会計は特殊で、カードをそれぞれ持ち、品物を頼むとカードに記録され、最後にレジで精算する方式でした。初めてこんな店に入って少し面食らった。
お腹が空いてなかったので飲み物を頼んだだけで観察してると、ピザを頼んだ人がUFOみたいな円盤を受け取っている。どうやら焼けたら知らせてくれる機械で、ピザを釜から出したらお客がカウンターに集まりだして受け取っていた。順番制で間違いないので合理的に出来ているシステムだと思う。日本の立ち飲みにもこんなシステムが有れば会計で誤魔化される事は無いでしょう。

ライトアップされると昼間と違い立派に見える。

お世話になったスタンド。次々にお客さんが来ていた。

再度寺院に戻り、名残惜しいが見納めする。

日曜の夜、トラムに乗り帰ったが、観光地を外れると窓から見る街は静かな感じだった。
短かった滞在も今夜限り、寝る前に荷造りしてたら時間が過ぎ去って行った。

日帰りザルツブルグ2017/11/02 21:26

今日はザルツブルグに向かう日、早朝から宿を出て、日本で予約したWestbahn鉄道に乗り込みザルツブルグを目指した。
前日に下調べをしたので電車は直ぐに分かった。2階建ての列車でモダンな感じだ。

改札も無いので、西駅で朝食を買って直ぐに乗り込める。
しかし、列車番号が予約した100号ではなく103号になっている。
時間も合ってるので問題無いと思うが、もう一度確認したいとの嫁の意見に押されて、ホーム端の案内人に尋ねたら、この列車の先頭だと言われる。やっぱり合ってました。
もう一度席に戻り一安心すると列車が動き始めた。
2階建ての一階部分だが、そこそこ見晴らしは良い。ただ雨模様なので全体に靄が架かった風景で写真を撮る気持ちになれなかった。

10時半過ぎ、ザルツブルグ駅に到着。車内では検札があり、タブレットに保存した2次元バーコードを読み取って終わった。便利になったものだ。
後で、もしタブレットに保存してなかったらどうなったやろ?と怖くなった。
やはりプリントアウトすべきだろう。

あいにくの雨で、駅前は閑散とした感じ、直ぐに案内所に行きザルツブルグカードを購入する。
買う際、ヴィエナカードと言い間違えかけると、ザルツブルグでしょと笑いながら応対してくれた。トロリーバスに乗り込み旧市街を目指す。

今日も観光名所巡り、旧市街に近づくに連れ観光客が多くなる。
ツアーバスがどんどん到着し続々降りてくる。
雨の中、定番のゲトライデ通を歩く。

店それぞれの印が面白い、マクドナルドも軒先に出してました。

モーツアルトの生家、前は大勢の人で動くのも大変でした。
中に入ると空いており、家族の肖像画が多くあった、勿論楽譜も。
でもあんまり印象に残らなかったのが本音です。

モーツアルト広場にあったユネスコ世界遺産の記念版、ドイツ語は読めないけど多分そうでしょう。
雨にも関わらず、広場の像の前で記念撮影をする人が途切れません。

付近にあったおもちゃ博物館、精巧に出来た昔の街が飾ってあった。

城に上がるケーブル駅前、上方に城が聳えている。

お城に上がり、場内を見学した時、一番高い見張り台から写真を撮っている人を見掛けたので場所を確認するが分からない。
案内所で聞こうとしたら丁度降りてきた人がいて、案内所から登れる事が分かった。
強度の問題で、時間当たりの人数を制限しているとか(たぶん)、順番待ちをして登る。

雨が上がり、盆地からアルプス方面が見渡せ始めた。
嫁曰く「ブリューゲルが描いたザルツブルグそのままやわ」と、確かに細密画で観た風景が目の前に広がってました。

定番の写真、お城から旧市街と川。ガイドブックに出てる光景だ。

眼下にはレジデンツ広場と市場のテントが見える。

降りてきて今度は市場からお城を眺める。雲天なのが残念だ。

ドーム博物館に入ろうとするが入り口が分からない。
大聖堂に入ったものの、博物館の入り口が分からず右往左往。
一旦出て仕切り直すと右側に博物館の入り口があった。
ここからは大聖堂の中二階から内部が観られ、天井の装飾が印象に残る。
テラスにも出られ、レジデンツ広場を上から眺められた。
予想以上に広くて、順に観てるととんでもない方の出口から出てしまった。

土曜市場に向かうとほぼ終了時刻で、未だ賑わいがあるものの品数が少ないので素通りする。陳列してたパンが美味しそうだった。ワインもあったが諦める。
恋人達の無数の鍵が掛かっている端を渡り、モーツアルトの住居を訪れた。
当時のピアノを再現したものが数多くあり、オーディオ案内でそのピアノで演奏した曲が聴ける。この住居を再建するにあたり貢献した人の中に日本人の名前があった。

近くのミラベル公園で休んでると、いろんな団体さんが次々と通り過ぎてゆく。
その中に日本人の団体を発見。中国人や韓国人、東南アジア系に比べて明らかに地味です。

公園からお城を見る。カメラの調子が悪く、ピンぼけの写真になってしまった。

帰りの電車をの時間が気になり、ゆっくり出来ない。
1本前の電車に間に合う時間に駅に戻ってきた。
駅内のカフェで休んでると、どうやらトルコ系の様常連さんが入って来て、同じくトルコ系の店員と話している。日本人がこの店に入ってくるのが珍しいのかジロジロ見られてしまった。
今日は土曜日、ウィーンに帰って買い出しするつもりが、西駅に着くと閑散としている。
まだ20時なのにすーぱーは元より商店も閉まっている。
ドイツ語圏はどこも早じまい、食事をする所を探すが適当な店が無い。
当てが外れて、ザルツブルグで買い出しすべきでした。今回の旅行は予備知識が不足しています。
仕方ないので、付近の店に入ったが、どうやら若者向けのポーランド系の店、食事は出来るかと尋ねるとここでは出来ないと言われ仕方なく退散。
結局、ホテル付近の観光客相手の割高な店で食べる事になった。
これで一皿15ユーロ、、、高い!。軽く済ませて日本から持参した行動食で間に合わせた。
まるでキャンプ生活でした。

ウィーン2日目2017/10/30 21:59

今日はホテルを替える日、経験から同じホテルに数日連泊すると飽きるので、今回も3日目から別のホテルにした。
今度はペンション、ボローニャで経験したので抵抗は無い。チェックインして荷物を置いて出かける。
トラム49番線でVolkstheater、地下鉄2番線でOperまで来て昨日も来たカールスプラッツ駅からホーエンブルン宮殿を目指した。

トラム49番線でVolkstheater、地下鉄2番線でOperまで来て昨日も来たカールスプラッツ駅からホーフブルグ王宮を目指した。
裏側はまだ閑散としている。
夕方になるとカフェが開き、賑やかになるのです。

王宮に入る、ここはsisyカードがお得で、王宮とシェーンブルン宮殿に入れる。
金細工の装飾品が輝いている。さすが600年続いたハプスブルグ王朝の遺物です。

次々に現れる豪華な食器や装飾品にも飽きてしまうほど、兎に角ハプスブルグ家の繁栄を見せつけられました。
世界史に残る王朝の桁外れの暮らしが伺えました。

王宮を後にした次はシェーンブルン宮殿、地下鉄に乗り最寄り駅はその名もシェーンブルン駅。
ここも観光名所なので,ツアーバスが何台も止まっている。
例のごとく中国人ツアーも数組、世界中のいろんな言葉が飛び交う。

ケネディとフルシチョフが会談した部屋、冷戦時代の舞台にもなったのだとか、こっそり撮影した。部屋全体の装飾が金ピカで目映い。ウィーンフィルのニューイヤーコンサートでも度々登場する豪華な部屋でした。ただの日本人には恐れ多い感じがした。

宮殿の裏側、庭園をここから眺めた写真が多い。

庭園を眺めたら、あいにく雲天とカメラの焦点が甘くぼやけて見える。

馬車博物館へ入ろうとしたら、このカードはナインと言われてしまう。
初めて聞き取れたドイツ語だった。
兎に角だだっ広い宮殿を斜めから撮るとこんな感じだった。

再び地下鉄に乗りカールスプラッツ駅に戻る。
次はウィーン美術館、ここはクリムトの画があるところ。
私はあまり好みではないが、嫁の希望で訪れた。
その前にゲーテの像から教会の周辺を歩いていると物乞いに出くわす。
ここウィーンはイタリアに比べて少ないが、出くわしてしまった。
美術館の受付で切符を受け取ったが、全然調べる様子も無く展示室に入る。
例の得体の知れない画の中に、楽友協会のホールを描いた画があり、とても気に入った。
基本が描けた上で、自分の発想を描くのでしょう。
残念ながら、ガラスに反射して上手く撮れてません。
中世の彫刻もあり、ステンドグラスの輝きを観ると、ヨーロッパに来た実感がする。

美術館目の前には楽友協会があり、ウィーンフィルのニューイヤーコンサートで何度も目にした光景、実際に訪れると結構感激します。
出来ればホールで聴きたいのは勿論なのだが、演目に興味が無かったので止めました。

裏の切符売り場、今日は売れ行きが悪そうでした。

カールスプラッツ駅からウイーン市内を見渡す。
ヨーロッパを感じる光景だ。

近くを歩いているとナッシュマルクト市場に入ってしまった。
平日の夜になり、辺りの店が開き始め市場は店じまいに入る。
だが観光地なので結構夜遅くでも開いている。
トルコ系の商売人が多い感じがした。通路を通るだけで香辛料の香りが漂ってます。

ヴォルクステェアトル周辺を歩き、お目当ての店を探せたものの、まだ早く諦めて西駅に戻った。
今夜も夕食を買い出して、明日乗るwestbahn列車のホームを確認してホテルへ戻った。
チェックインした後まだ部屋が決まってない。受付で部屋を指定されたのは、離れのペンションだった。
まあ安く泊まれるので仕方ない、歩いて2分の所まで荷物を運んで行く。
入り口を無事見つけ、部屋に入る事ができたが、ネットのパスワードを忘れてしまい再度受付に戻りパスワードを教えて貰う。
部屋に戻りネットを繫ぐものの、嫁の携帯は一度間違って入力したのが災いしたのか全然繋げず、予備のパソコンがどうにか繋がりネットが使えた。
ドイツ語が表示されるので全然分かりませんでした。

ウィーン1日目2017/10/26 21:41

帰国後忙しくて、やっと書き始めました。
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前夜は睡眠不足から直ぐ眠れた。
ホテルの朝食はブッフェ式でハムの種類が多く、ドイツ語圏らしい食事を味わう。やっぱりオリーブ独特の臭いがしました。

前回からタブレットを持って出かけるようになり、先ず最初にする事は、地元の携帯会社のSIMを手に入れること。
今回はネットで調べたT-mobileの店を探しに街に繰り出した。
道を間違えず直ぐに見付ける。数人が待っており開店と同時に入った。
事前に調べた15MのSIMを探していると画像を見せると4MのSIMを提案された。
価格は10ユーロで安い、アクティベイションは必要かと尋ねると、pinコードを入れるだけだ。
ザルツブルグで使えるか?オーストリア全土で使えると返ってくる。
多分動画は見ないので一番容量の少ないこれにした。
店内でSIMを交換し、開通を確認して終わる。

ホテルで買えると思ってた特典付きのウィーンカードは買えず、西駅で2日間乗車券を買った。結局、交通機関だけ使えるこちらの券にして正解だったと思う。
初っぱなに乗った地下鉄の駅で反対方向の列車に乗ってしまう。こちらは右側通行なのを忘れて日本の感覚で乗ってしまった。
直ぐにU3からU2に乗り換えしてカールスプラッツ駅出降りると、正面には国立オペラ座が現れる。

トラムのOper駅で旧市街を一周するリンクと呼ばれるトラムの路線に乗るつもりが、来た電車に乗ったら、タブレットのMAPを見てると郊外に向かって動いている、ここでも乗り換えて振り出しに戻った。

今度は確実に確かめて1番線に乗り、シュヴェーデンプラッツで降りると、ドナウ運河に架かる橋がり、そこからクルーズ観光船が出ていた。

今度は2番線に乗りOperまで戻り、リンクを一周した。
Operから一番賑わいのあるケルントナー通を歩くと、街のシンボルであるシュッテファン寺院が現れる。この広場、例によって世界中の人が行き交っている。
寺院前にはモーツアルトの格好をしたお兄ちゃんがコンサートの客引きをしている。
日本語で何度も呼び止められた。

寺院内奥に有料のエレベーターがあり塔の上に上がると、旧市街が見渡せた。
遠くには新しい建物もある。

先ほど居た広場が眼下に見える。人が点に見える。生憎曇り空で見晴らしが良くなかったのが残念だ。

双頭の鷲の紋章が屋根に描かれている。

ホーフブルグ宮殿、皇帝が住んでいたので流石に大きい。
カール大公の像、中々の迫力で撮影ポイントです。

リンク通りを横断すると、美術史美術館の入り口があり、前にマリアテレジアの像がある。

入り口を入りホールで作戦会議、館内は広いのでガイド本を頼りに観賞する。
皆が持ってるパンフレットが欲しいと嫁が言うが、何処に有るのか分からない。後で分かったが、作戦会議してた向かいにちゃんと日本語版がありました。
宝飾された器が数多くありどれも目映い輝きをしてました。

この館の名物、ブリューゲルシリーズが始まる。
「農民の婚礼」、中央のエプロンが花嫁らしい。チーズを持つ手がたくましい。

「雪中の狩人」、中世の狩りが想像出来る。

代表作「バベルの塔」、
ロッテルダムにある美術館所蔵のバレルの塔は超細密画で、日本の大学との共同研究で分かったことを、9月に大阪の展覧会で発表してました。
でも、人人人で溢れた展覧会より、こちらにある本物の方が断然良い。

フェルメール「絵画芸術」、
本当はもっと性能の良いカメラで撮りたかったのですが、水没して以来焦点が甘くなってしまったカメラでは雰囲気だけしか分かりません。
直に観ると、窓から入る光と定番のラビズラズリの輝き、カーテンの影の濃淡、床の反射、
画家が浮き上がっていました。
いつかアメリカの、メトロポリタンかナショナルギャラリーの作品も観たいものです。

美術館前で休憩後、快晴の夕空を見ながら歩くと、モーツアルト像に出くわした。
大勢の観光客の隙を狙って撮った一枚。上部が赤くなってます。

夜のケルントナー通りは寺院のライトアップが始まり雰囲気が良くなる。ブルク公園から路地に入り、夕食の店を探しながら日暮れの街を散策した。
NORDSEEという店を見つけ、疲れたので観光客で溢れた店内で食べる事にした。
注文をする時、ドイツ訛りでニーハオ(これは後で分かった)と言う。最初何を言ってるのか分からずキョトンとしてたら今度はコンニチハと言う。これでやっと分かった。
嫁がパスタを頼んだら、特盛りのスパゲッティになってしまた。イカリングやエビフライがあり普段食べるものがあって良かったが、塩辛く感じた。これだとビールが欲しくなる。
滅多に飲まないビールを嫁が追加注文してた。

寺院前では、チロルの民族衣装を着た人達が演奏をし始め大勢の人を集めてました。
ホテル近くに戻りスーパーで買い物した時、お土産はここで買おうと思ったが、結局週末に掛かり買えなかった。

オーストリア(準備編)2017/10/25 19:21

今年も秋が深まってから休みが取れた。今年の夏休みは何処に行くか?
候補のイタリアは、予定日がコレクションと重なり割高料金になっている、さてさて。。。
南イタリアにでもするかと思案してると、こんな時は天の声の出番である。
ウィーンに行くでと鶴の一声で決ってしまう。

予備知識を頭に入れたつもりが、ほとんど残らないまま当日を迎える。荷造りは3日前から始めたので準備不足になってしまった。回数が増えるに連れて準備も大雑把になってくる。

最寄り駅に向かう途中で、忘れ物が次々に浮かんだが面倒臭い、そのまま出かける。
パスポート、予約票、カード、現金があれば何とかなるもの。雑です。
2度目のklmの登場手続きは、前夜ネットでチェックインしたので、列に並ばずに直ぐ終わった。便利になったものです。ラウンジでゆっくり出来ました。
恒例の出発前の写真を撮って旅が始まった。


機体が更新され、モニターがタッチパネルになって全て操作できるようになってました。
コード類に煩わされることなく4年前より快適になってます。
逐次位置情報も表示され下界が確認出来たのは良かった。
隣の席のおじさんのモニターの調子が悪いので、CAに伝えると、いろいろ触ってたが結局解決できず。満席だったため席を替われず最後まで壊れたモニターで過ごされてた。
新しくても壊れるのですね。カタール航空のポンコツを思い出す。

最初の食事、迷わず日本食を選ぶ。どうせイヤでもパンを毎日食べなあかんからです。
でもしっかりパンが付いていた。

大陸に入るとアムール川が現れ蛇行してる様子が見える。流氷の源はこの河なんだ。
経由地をヨーロッパにすると、この光景を目に出来るのが良い。

最新鋭の機種か(?)、コックピットからの視界も表示出来るのは乗ってて面白い。
高度10000m、時速800kmで巡航してました。

到着2時間前に出された食事。
当たりまえだが、全然眠れないので準備不足を補う。しかしアルコールを控えめにしても頭に入りません。今回が一番気合いが入らない旅になりそう。
スキポールに到着後直ぐ手荷物検査がある。
シェンゲン圏外から入国する場合、以前より厳しくなってる気がする。
飲み物は元より化粧品のクリームなんかも没収されていた。
私の手荷物も別レーンに移され検査された、両手を挙げ体全体をスキャンされたのは初めてだ。善良な市民を疑ってるのは気分が悪い。

次はパスポートの検査、丁度この時間帯はあちこちからの到着便があるようで、長蛇の列が出来ている。そのうち係り員が、16時45分までの便の客はこっちに並べと指示が出始める。
大混雑してるので優先して通しているのだ。私の便は当初47分だったので、搭乗券を見せると「ダメだ、お前のは17時15分になった。」と言う。
実はそれを知っていてダメモトで聞いたのでした。チェ!
今度は17時だと言う。
すると日本人の団体の添乗員が、呼ばれたからこのレーンに並んでと指示を出した途端、民族大移動が始まった。
かなり進んだもののまだまだ、じっくり待つのみ、物事はヨーロッパ時間で進んでゆく。
残り15分、やっと順番になり焦って通過すると、案内板には遅れるとの表示がある、どうやら更に30分延びて出発するらしい。これで一息付けた。
乗り継ぎに2時間みてたのに、2時間で終わらなかった。飛行機が遅れて助かりました。

次はウィーンに向けて出発。
東洋人はほとんど乗ってなくて、私達だけのよう。ビジネスマンばかりでした。
機内でサンドイッチが出され、今夜の夕食にして1時間半でウィーンに降り立った。
空港バスに乗り込む際、自動販売機がカードを受け付けず迷ったが、前回のボローニャと一緒で、単に機械の故障だと推測し、現金で払うと買えました。

30分でウィーン西駅に到着、名前だけでも良かったが、印刷した予約番号を見せてチェックイン終了。ウィーンでは、基本的には食事が無いよう、経験から朝食を付けて大正解。
疲れた身には、駅に近いホテルにして助かりました。

そして帰国2016/10/08 09:09

今日も快晴、早くも帰国する日になった。
朝食をしっかり食べて、ホテルに荷物を預け街に出かける。

付近は朝の通勤が一段落した時間帯でも行き交う人が多い。

色んなバスが往来してた
公園に入って今日の予定を考える。清掃車が通ったので記念に一枚、この手の車は日本と違っておもしろい形なので見ていて楽しい。

8月8日広場にでた。あいにく今日は市が開かれておらず、広場の隅に花屋さんが数件店を出しているだけ。どの花も鮮やかです。

サン・ピエトロ大聖堂の内部、どの教会も非常に大きく歴史を感じさせてくれる。
荘厳な雰囲気の中で目にするステンドグラスは、何度観ても飽きません。

初日に入った、サン・ペトローンニオ聖堂に入って写真を撮っていたら、写真を撮るならお金を払えと注意された。2ユーロ払う。前回は何も注意されなかったのに、何でやろ?
曜日によって許可するのか?、謎です。

市立考古学博物館に入ってみた。
紀元前の貨幣が陳列されており、この地域はエトルリア人が支配していたらしい。
ポー川流域には多くの文明もあったそうだ。

日本でいう火焰土器のような壷が多数展示されてます。

面白い表情をした瓦か?

地中から現れた人骨がそのまま展示されていました。
この博物館はなかなか面白かったとは嫁の言葉、私も結構楽しめた。

昼になったが、お腹は減ってないので、周辺を散策する。
一帯は旧市街の中心部なので、旧くから続く商店が多い。
釜の看板が出てたピザ屋の前に行列が出来ている。こんな店は美味しい筈なので、フォカッチャを食べたら、予想通りおいしかった。
それに値段も手頃、どれもほぼ1ユーロ台で、他の店の半値のように思う。
今回何度かピザやフォカッチャを食べた中で一番良かった。最後に本物の食べ物に出会えた気がして満足した。

飲食店が並ぶ細い路地に商店が続く。肉屋の品揃えに目が止まる。
ボローニャは食の街。肉が充実してます。

ヨーロッパは、何処に行ってもチーズが豊富で、ここもそう。
たくさんの種類があり、目移りする。

雑貨もあって直ぐに時間が経つ。

小さな広場で、地元の人達が出店を出していた。何かのバザーの様でした。
その中に、旅に出る前から狙っていたパンを発見し購入できた。

コッピア・フェラレーゼ。この地域のパンで4本脚の特徴的な形をしている。
私の一番のお土産になりました。

その後ボローニャ大学の近辺に向かい、学生街を歩く、道にはたばこを吸う人が多く煙たかった。再び公園に戻り、午後の一時を過ごす人達を眺めて過ごした。結構中東系の人の多いのが意外でした。

早めに空港バスに乗るため、荷物を回収し駅に向かった。
駅のトイレ前とバスの切符売り場に余計なことをする輩がいて、機械の操作を勝手にしてお金をよこせという。
ヨーロッパには、この手の人が駅や観光地に多いが、フィレンツェで見なかったのにボローニャにいました。切符を買う前から人を呼び込み、ここだと言う。2台のうち1台が故障していたので仕方なく買って、だぶついてた10セントを渡した。最後に嫌な思いをする。
もちろん何も渡さない人も居ました。

空港バスに乗り込む際、中東系の大荷物を持った集団は、出口から乗り込んでましたが、運転手は、切符を確認するでもなく発車、この人達は無賃乗車したとしか思えない。
大荷物で乗り込めない人を置いて出た。

最後の景色を撮りたいとカメラを探したが、鞄にないので諦めた。
しかし、空港に着いてポケットに入っていることが分かる。またやってしまった。
F1フェラーリの実車が展示されてました。さすが自動車産業の街です。

ボローニャ空港で、乗り込む飛行機に荷物をつむ場面に遭遇。
私達の荷物が見え、珍しいので撮りました。

夜半にイスタンブールに到着。
飛行機の中で、殴り合いの喧嘩する中国人の親子が、乗客から静かにしろと言われていた。
中国人はどこに行っても傍若無人に、チネーゼという言葉が聞こえた。
全く周囲の人達を嫌な気分にさせてくれました。

乗り継ぎの時間に、プラハから帰る女性に声を掛けられた。
空港のフリーWIFIが繋がらないらしい。SMSコードを入力せよという所で止まってしまうらしい。
私も結局使えなかった。次回への課題です。
深夜に出発した飛行機は、いつの間にか昼間を飛んでいて夕方の関空に降り立った。
この機体は地図上に現在位置が表示されないので、今どこを飛んでるのか分からないのが残念でした。

毎度のことだが、非現実から現実に戻り、夢から覚めた感覚になりました。
今年の夏休みも終わった。

後日、コッピア・フェラレーゼと日本産のハムでボローニャを思い出しながら食べると、
過ぎ去った旅行が懐かしく感じます。ワインと良く合い、Che buono!

モデナで夏休み2016/10/04 18:22

陽が照り、真夏の暑さになった中、冷房が効かない列車でモデナに降り立つ。

この近辺は、自動車産業で栄えているのにも関わらず、駅は小規模でした。

モデナ大聖堂まで、ほぼ真っ直ぐな道を歩く、この街も中世の街並みに突然鐘楼が現れた。

大聖堂前の広場、今日は月曜日なので人が少ない感じがした。

周辺の商店街、自転車が多いです。お店も意外と賑わっていた。

奥に大聖堂が聳えてました。

パルマやボローニャの聖堂に比べて地味な感じがする。だが、観光地ではないので渋い雰囲気が漂っていた。
夕方になって信者がお祈りをする時間に遭遇し、本物の儀式を見つめてました。

今日も歩き回り疲れてしまったのでボローニャに戻る事にした。
電車の中で、また時間を聞かれてしまった。今回は何故か幾度も尋ねられる。

ホテルに戻り一休み、最後の夜は恒例行事のナイトツアーに出かける。
しかし、ボローニャにはないのでマッジョーレ広場まで散策する事にした。
昼間とは違う光景を眺めながら、この旅も終わりに近づいたことを感じてしまう。

晩飯は、スーパーで買い出しして済ます事にした。
おみやげを調達にコープに立ち寄る。毎日のようにお世話になったこの店での最後の買い物はビール。
ミュンヘンのビールで、一番口に合った。次回はドイツも良いなとは単細胞な私です。
初日に食べたラザーニア・ボロニェーゼを再度食べて締めくくった。