夏休みはヴェネチアで(準備編)2012/10/02 22:51

去年は、2日しか休めなかった夏休みだったので、今年こそはと考えていたのに、
今回の日程を確保したのは3週間前だった。それも行き先は未定のまま。さてどうするか。
2年前はフランスだったので、他の国とは思うものの迷うこと半日、嫁の希望通りヴェネチアに決める。
早速パンフレットを集め、ネットで検索したりして旅行会社を決めて、深夜ネットで代金を振り込むまで2日間だった。

嫁は前回、ツアーを利用した際本土側のホテルだったので、今回は島内のホテルに泊まること、それに半日観光しかなかったので、限られた所しか回ってないのが大きな理由らしい。

私にとっては、基礎知識もないまま急に決まったので白紙状態からの準備になったのは前回と同じ。
私「おまえなあ、イタリア語も分からんのに、よう行こう思ったな。会話はどうないするねん」
嫁「あんたがしゃべれば、ええやん。どないかなるて。任せるわ。」とニコニコ顔。
私「任せる言われても困るがな、また丸投げやないか。」
言葉も出来ずに一人でパリに行き、筆談で乗り切った経験のある嫁の心臓には毛が生えている。
私以上に語学力の無い嫁では心許ないので、いつも小心者の私が会話担当になってしまうのだ。
簡単な旅行会話から覚えようとしたが、今回もメモリー不足でなかなか頭に入らぬまま時間が過ぎてしまった。
何も進まないまま、準備を始めたのは出発の2日前からでした。

職場を定刻通り出て、帰宅後空港に向かう。
今回はエミレーツ航空を利用し、ドバイ経由の長旅になるので覚悟を決めて乗りこむ。
ドバイまで10時間、乗り継ぎに5時間、マルコポーロ空港まで6時間、さてさて今回も珍道中が始まった。

初めて聞くアラビア語の機内アナウンスが新鮮に感じます。
夜中に出発するので夕食を摂らずに乗りこんだが、やはり深夜に機内食を食べるとお腹にドシッときた。

ウトウトしながら一瞬目を開くと、インド上空を飛行していてアラブ世界が近くなってきたのを実感した。
到着2時間前に2度目の食事が出され、再度胃が重くなってしまった。

定刻通りドバイ到着、乗り継ぎの荷物チェックを過ぎて上階に上がると、そこはアラブ世界の始まりでした。白装束に身を繰るんだ眉毛の濃いおっさんばかりが空港業務をしている。
どうやら、清掃作業や店の売り子さんなどの現場は東南アジアやインド系の人達ばかりです。羽振りの良い国なので出稼ぎも多いでしょうね。
驚いたのは、ロビーを電気自動車が結構なスピードで走り回っており、時にはクラクションを鳴らして通行人を脇に寄せながら走り去って行きます。
巨大なハブ空港なので世界中の人種が交差しており、見てるだけでも新鮮でした。

フリーのWifi電波が出てるので、持参のノートPCでアクセスしようとしたら、接続は出来るのに、ブラウザーにDNSサーバーがないと表示されて、立ち上げることが出来なかった。
いろいろ設定を換えて試したが、結局立ち上がらなかった。残念。
仕方ないので、画面を見せながらインフォメーションで設定を聞いたが、中国文字は分からないと白装束に言われてしまう。アラブなまりの英語は分かり難い、ただパスワードを掛けてないのは分かった。
日本で予習しておくべきでした。帰国後はしっかりアクセス出来てるのに何でやろ。

やっと搭乗が始まった頃と思ってボードで確認すると、機内で案内されたゲートと別の場所に替わっており焦った。
何せ巨大な空港なので、ゲートを移動するにも人を掻き分けながら進み時間が掛かってしまう。やっと着いて落ち着けた。


ゲートから飛行機までバスに揺られて15分程掛かったと思う。全てにスケールが違うので時間が掛かるのだ。一歩外に出ると砂漠の気候なので、ムンムンとする暑さが襲ってきた。ようこんな環境で仕事していると思う。タラップを久しぶりに使って入った。
定刻より15分遅れて出発、機長のアナウンスでは定刻通りに到着するらしい。



上空から眺める市内は、正に砂漠の中に忽然と現れるオアシスの趣で、規則的に分画された街並みの中に人工物が浮かんでる感じに見える。
世界一高いビルのブルジュ・ハリーファが右下に鉛筆のように青空に突き刺さっているのが目立った。
機内食 チキンカレー、アラブ風の味付けで私にはちっぴり辛口
機内食 マトンカレー味 臭みは無かった。
航路はアラビア海からバグダッド上空へ、歴史で習ったチグリス川が砂漠の中に大きく蛇行しながら流れておりユーフラテス文明を思い出して歴史に思いを馳せる。

イスタンブールから東欧をかすめてマルコポーロ空港へ。
眼下にラグーナ(干潟)の島々を眺めながら機首が下がり、
ヴェネチアの街を横目に滑るように着陸。乗客から拍手があった。
しかし、私は余裕無い、緊張して体が動かなくなってきた。

入国審査で、前の東南アジア系の者が止められ全然前に進まなくなってしまい、通関を出た時に、待ち合わせする予定の送迎担当者が分からず、ウロウロしてると私の名前を呼ぶイタリア人女性が現れホッとした。
私達が遅いので運転手が別の所へ行ってしまい。今から別のドライバーを呼ぶらしい。取り敢えずホテルまでは辿り着けそうで一安心する。
送迎車に乗りこみ、いざヴェネチアへ。





夏休みはヴェネチアで(初日)2012/10/04 14:16



バス乗り場があるローマ広場に到着。大きな荷物を持った人が多い。

送迎車から降り、直ぐ近くの水上タクシーへ案内され乗車する。
比較的広い運河を走り出しすと、ヴェネチアの街並みが視界に飛び込んでくる。



突然開かれた景色が飛び込んできた所が大運河カナル・グランデだった。
初めて目にする光景にしばらく圧倒される。多くのボートが行き交い、陸上の渋滞を思わせる混雑ぶりだ。その間をゴンドラが動いている。両脇には建物が密集して、正に水に浮かぶ海上都市である。こんな世界があったんやね。
夢中で写真を撮っていると、絵ハガキにある風景そのままの景色に驚いてしまう。

直ぐにホテル前に到着する。ヴァポレット乗り場もあり、送迎の女性に帰りは2番線に乗って10分程だと教えてもらう。

リアルト橋横の桟橋がホテル前でもあり、絶好の立地である。大勢の観光客で溢れているリアルト橋は観光名所で目の前だ。
送迎の女性がフロントの人と話してくれ、チェックインがすんなり済む。
送迎だけで終わり、チェックインは私がしなければならないと、心細くなっていた所にこのサービスは有り難かった。
少々高くついたが利用して正解だと2人で納得する。
インド系のポーターに案内されるままエレベーターを降りて階段を上がり始めたが、幾度も角を曲がっては階段を上がらなければならなかった。
ポーターも荷物を2個持って大変そう。結局案内された部屋は最上階の一番奥の部屋だった。
日本でいう5階に相当するが、何故か3階の部屋と同じ3ナンバーだった。
「あ〜シンド」
毎回この階段を昇降するかと思うと先が思いやられる。
温水が出ることを確かめ、セーフティボックスの開閉を確認してからチップを渡した。結構これが重要だそうです。


屋根裏部屋で梁が部屋の天井から出ており、ヨーロッパの昔ながらの部屋である。
残念ながら部屋からリアルト橋が見えなかったが、周辺の景色は観られたので、中途半端な部屋より返って良かったと思う。
追加料金を出してまで部屋を替える気持ちは無かったので、場所を考えると妥当でしょう。

長旅で疲れたので、しばらく横になって作戦会議だ。
先 ずは周辺にあるスーパーの探索から始める。事前にGPSにポイントを入れてきたが、道が細くて入れ込んでいるので全然分からないし、同じ様な風景が続き、


しかも運河が網の目に様にあり、対岸に行きたくても何処を曲がって良いか分からず、同じ所を迷走するだけだった。所が幸運なことに、突然COOPの文字を 発見できた。

中に入ると大勢の外国人観光客で溢れている。
美味しそうな地元の総菜があって、嫁は興味を惹かれたようだが買い方が分からず断念する。
果物売り場での買い方。先ず透明なプラスチック手袋を着ける。欲しい果物を袋に入れ、周辺に必ずある秤に載せ、果物の番号を押し、印刷された値段のシールを貼って終了。
番号を入力する際、単に番号を押さえれば良いものを、二桁だったので一桁づつ入れたらて別の果物のシールを出してしまった。同じ間違いをする人も多いみたいで、横に貼ってあった。
レジで精算する時カードで払うと、PIN番号を入れるのかと思ってたら、レジのおねえちゃんがサインしろというので、渡されたペンで書こうとしたら、インクが殆ど出なくて薄くしか書けない、しかし、見せるとOKだという。
イタリアですねェ、日本だと書き直せと絶対言われるでしょう。

ワイン、ビール、ミネラルウォ−ター、ネクタリン、よく空港で目にするチョコを買っても10ユーロ弱だった。安い!

初めての夜は、お腹も空いてないのでカフェに入り、ヴェネチア風サンドイッチで簡単に済ませる。
外の椅子に座って食べたので、席料を取られたのは理解できるが、店に表示している価格は持ち帰り価格のようで、そこで食べると割り増し値段になってるみたいだった。ひょっとしてボラれたかも?。

荷物を置きに一旦ホテルに戻るが、階段を登るのが辛いので、再度頑張って周辺探索に出る。夜になって、益々方向が分からなくなGPSだけが頼りだ。


リアルト橋からサン・マルコ広場まではメインストリートの様で、人通りが一番多かった。横の船着き場に出ると、アメリカ人のツアーがゴンドラに乗るところで、たくさんのゴンドラが待ち構えており次々に出て行くのを眺めていた。

広場は夜になっても多くの観光客で賑やかだ。生演奏するステージがあり、その前に椅子が置かれ、座るとウエイターが注文を取りにに来ていた。3カ所のステージがあって順番に演奏してました。
その横では、物売りが大勢居て、何やら声を掛けてくるが完全無視。滞在中売れてる所を見たことが無かった。
話には聞いていたが、広場に地下から水が湧き出しているのが見えた。

GPSを頼りにホテルに戻るが、一旦道を間違えると復帰するのに時間が掛かってしまう。途中で地図を広げる観光客も多く、人種を問わず誰もが迷う街なのだ。
辛い階段を昇り部屋に帰り着く、バスタブに浸かると睡魔に襲われ早々に眠ってしまった。


夏休みはヴェネチアで(2日目)2012/10/04 18:06

やはり疲れが残ってるので、起きるのが遅くなった。

朝食はコンチネンタルスタイルのビュッフェなので気が楽だが、何が有るやろか。
取り敢えず降りて食堂に入ると、一見するだけで予想以上に充実しているのが分かった。
テーブルに座ると、部屋番号を聞かれ、飲み物を聞かれたので,カフェラテにする。
出てきた物は、コーヒーとホイップしてあるミルクが別々に温められて出てきた。
パンも食事パン2種類とクロワッサン2種類ありどれも美味しそうである。
ジャム、ヨーグルトも豊富に有り、嬉しいことに果物も有って目移りしそうだ。
ベーコン、サラミも数種類、今までで一番充実したホテルの朝食にありつけた。
外のテーブルも使えるみたいで、後から入ってきた人達はそちらに座っている。
明日は外にしよう。


一晩明けて、いよいよ本格的に行動開始だ。その前にリアルト橋に昇ってみた。

まずは、40ユーロと少々高いがヴェニスカードを購入する、ミュージアムパスと迷った末の決断で、使い切れるやろか?。カードが使えるか試し無事購入できて良かった。


ヴェニスの定番コースであるサン・マルコ広場に向かう。夜は分からなかった店もあって結構な人が歩いている。ブランド店が多い。
広場は既に賑わっており、かなりの範囲で広場が水に覆われている。そこを観光客が避けるように歩くので大渋滞している。午後に訪れることにして,海沿いを海事博物館に向かうことにした。

途中の船着き場からは、次々に世界各地からやってきた観光客でごった返しいる。人を掻き分けながら歩いた。物売りも大勢いてうっとうしい。

日差しがあると非常に眩しく感じる。



海洋博物館には、私好みの大航海時代の武器他艦船の模型や羅針盤があり楽しめた。


引き返してドゥカーレ宮殿の前に戻ると、長蛇の行列の横にプリペイドの入り口を発見する。
ヴェニスカードの特典で待たずに入れた。


宮殿は様々な天井の壁画が目立つ、寺院の屋根と鐘楼が青空に映えて美しいので、思わず写真に撮った。
宮殿の広場
途中日本人ツアーと遭遇し、案内人のイタリア人女性の説明が上手なのでしばらく付いて歩いた。その後直ぐに一行は消えたので別の場所に移動したのでしょう。
私たちはその後もゆっくり観ることが出来た。
ため息橋の中から海を望む、橋の上は観光客で埋め尽くされている
かつて裁判所でもあり、罪人を牢獄に入れる際に溜息をついた橋や牢獄跡も印象に残った。
最後にカフェに寄り一息入れる。
テーブルサービスと書いてあったので待っていると中々注文取りに来ない。結局カウンターでコーヒーを注文するとアメリカンかと聞いてくるので、yes。ミルクも入れてくれと頼みやっと有り付けた。ヤレヤレ、イタリアンタイムですな。

次は近くのコッレール博物館に行く。ここはツアー客が一切来ないので静かに鑑賞できた。
市営の3施設を合体させて1箇所の入り口に纏めているを知らず、他の2カ所の入り口を探してしまった。



今度は鐘楼、ヴェニスカードの特典は使えず少しガッカリする。一人5ユーロ払った。
エレベーターで上がれたので楽ちんで、周辺で一番高い場所なので市街が一望できた。
ヴェニスの風を存分に吸うには文句無い所です。世界各国の言語が入り乱れています。
やっぱり日本人は何処に行っても小さいさくて細いですねぇ。

16時を過ぎ観光客も少なくなってきたので、サン・マルコ寺院に入ってみた。
荘厳な様式はどの寺院も同じだ、ステンドガラスが夕日を受けて輝いていたのが美しかった。2ユーロを払い祭壇奥に入ると、正面からは見えない様に純金の飾りがしてある。
有料の屋上に上がろうとしたら、丁度17時になって係員が窓口を閉めてしまい残念に終わった。表に行列があっても関係無しです。

今日の見学は終わり、後は周辺を散策するだけ。サン・マルコ周辺は混雑するのでフェニーチェ劇場に向かった。この辺りもブランドの店が多いいです。
劇場周辺にあった楽器の博物館。

夕食の店を探しながら歩くと、広場に面したお店の雰囲気が良さそうと嫁の意見に押されて入る。
バーカロも有って、地元民はワインを立ち飲みしており、観光客はテーブルで食事を摂るような庶民の店です。
忙しく働いているウエイターの兄ちゃんがプレーゴと言いつつメニューを持ってきた。
イタリア語のみでチンプンカンプン。???。辛うじてspaghetti,pizzaは読めたので、一品づつ頼んだ。出てきたピッツァの大きさに驚いたが、パリで食べたようなパン生地ではなく、薄く焼かれたトマト味の本格的なピッツァで美味しかった。スパゲッティも量は多くなくて丁度でした。日本人の為に量を調節してるかと思い、外人さんが食べているのと較べたが差はなかった。値段と味は合格ってところです。
ガイド本には、一部トイレを閉めている店もあると書かれていたが、この店がそれで、使いたい場合は、店員に声を掛けると鍵を開けてくれる様だった。

横に座っていたアメリカンなオバチャングループが、ガイド本を忘れかけてたので、教えてあげると、「私のじゃないのよ、前の人が忘れたみたい」と言うので放置しておいたら、私達が店を出た後で、先ほどの兄ちゃんが後から、「セニョリータ。本を忘れてるよ」と追いかけてきた。勿論英語で書かれた本なので私達のではないと伝えると、「分かった」と返って行った。親切な男である。
気分を良くした嫁は、「セニョリータって知ってるか、お嬢さんなんやで」とホザクではないか。それは無理があるやろ、こっちは、それが社交辞令なんやでと思うが、「若く見られて良かったなあ」と社交辞令を返しておいた。

暗くなり街灯に照らされた小径に入ると、方向がさっぱり分からなくなった。
昼はまだマシだが、夜はGPSが無いと辛い。電波の弱い地点も多いので、道の名前とGPSの確認と地図は必須でした。

迷いながらもCOOPに辿り着き今夜も購入する。
明日の夜に行くかも知れないバーカロの確認に、リアルト橋の対岸に行く。
今夜も橋の上は大混雑で体が当たりそうになる。事前に入れたGPSポイントの場所には無くて少し探したが、平凡な通路に面する店を無事発見することが出来た。
取り敢えず、場所のお復習いをしながらリアルト橋に戻った。

今日は朝から一日中歩き、脹ら脛が張って終わりには辛くなった。
最後に、ヴァポレット売り場に行き、迷った末48時間券を購入しようと窓口に行くと、カードは使えない、キャッシュしか買えないと言われ、本日の購入を断念した。
ホテルに戻りって本日終了。イタリアのクイズ番組で盛んに数字が登場してたので、少し分かるようになってきた。

連休は越後駒ヶ岳と平ヶ岳2012/10/08 16:44

この連休は、遠征して来ましした。簡単に記録に残します。
まともな登山は、久しくやってなかったので、最後まで歩けるか不安なまま出発。
片道600kmは遠いです。

小出ICで降り、道の駅で仮眠して、銀山平経由で登山口の枝折峠を7時頃歩き出す。
駐車場は既に満車に近く、我々は最後のスペースに入れたが、後から後から車が着いてましいた。流石に百名山だけあって、ナンバーも全国区です。

最初から走るメンバーに、引かれるように残りが続き、快調なペースで明神峠まで20分程で着いた。
登山道は稜線を辿るコースで、アップダウンの繰り返しです。最近歩いてない私は早くも大汗が落ちてくる。
小倉山に1時間半で着く。山頂はガスで覆われ拝めない。途中小屋泊まりの方が降りて来始めた。

百草の池に2時間で来られた。この先から本格的な登りになる。
山頂のガスが時折切れて周辺の黄葉が現れ始め美しい。

急登を我慢して、駒の小屋に2時間50分で着く。周辺の黄葉が綺麗で、秋を感じる光景です。
小屋番さんに、山頂まで元気で15分、疲れて30分と言われ元気が出た。
ここの水場は、沢に降り湧き水が汲めるそうです。

山頂に3時間10分で到着。コースタイムよりかなり早く登れたが、設定自体が余裕を持たせ過ぎでしょう。
大勢の登山者で賑わい、そして続々登って来る。
ガスで展望はない。流石に風が冷たいので一枚着る。

早々に下山開始。急登を下ってからの稜線歩きが疲れる。

歩けどなかなか着かず、結局3時間掛かって降りてきた。
登りも降りもほぼ同じ時間が掛かった山だった。

銀山平の温泉で一風呂浴びて、鷹ノ巣の清四郎小屋を目指した。
途中寝不足で意識を失う。

小屋前に主が居られ、テン場の受付と案内をされており、一張り1500円を払う。
テン場には既に一張りあって、ハーレイが東屋に駐まっている。
予報では夕方から雨になるので、車を東屋横に止めて万全の体制にした。
テーブルで食事が出来たので幸運でした。

小宴が済む頃、ハーレイの男性が寝起きてきて、しばらく二輪談義で盛り上がった。
この男性、各地の山をハーレイで巡っている方で、昨夜は道の駅で我々と遭遇したことが判明した。

知らぬ間に撃沈。また飲み過ぎてしまった。
夜半になり雨が降り出す。4時に起床したときは、横の小屋から送迎バスが出発するところだったらしい。
簡単に食事を済ませ、5時前に直ぐ近くの登山口へ移動。既に多くの車で一杯でした。

登り出す頃にはほとんど止んだので、そのまま出発する。
昨日の疲れが残っており脚が重い。ロープが掛かったザレ場や切れ落ちた所があった。

最初の急登を登り切った松の木で小休止、1時間半経過する。
今日もガスが架かり展望はない。ひたすら歩くのみ。

下台倉山まで2時間。登り基調の稜線を今日も登って行く。ガスがあって展望は良くない。
台倉山まで3時間、登り降りの繰り返しで嫌になる。
水場に10分ほど下って着く、登山道から離れていそうで確認できなかった。

2番目の水場には3時間40分。とても飲めるような水では無かった。途中濡れた木道で滑って大きく転け、この辺りの木道が非常に滑り易く感じた。
もう脚が動き難くなり、歩くスピードも落ちてくる。

歩き初めて4時間10分、ガスの間から最後の急登が見えてきた。
ドロドロの急坂に苦労する。この辺りから下って来る人と遭遇し始める。
2番目に会った女性は、林道コースを登り下山は鷹ノ巣に降りると話していた。
3番目に会った方は、以前このコースを登って、一度だけで良いと思ったそう。
確かに、何度も登りたくないルートです。。。

姫ノ池に4時間40分で到着。突然大勢の登山者が現れた。話だと、今日一日でバス5台が林道を上ったそう。中には50人の団体さんも居たそうです。
山頂までまだある。一旦下って、登り返すとやっと山頂にたどり着けた。


平ヶ岳山頂に5時間10分で到着。周辺の湿原の中に山頂があって、展望は無かった。
疲れましたねえ、脚が動きません。
休憩してると寒くなったので退散する。

降りる途中に、囲炉裏のモリ坊さんに遭遇する。何やら途中追い抜かしたようで、私は気付かなかったが、良く似た人がいると思ってたそう。
こんな所で会うとは、お互い山でしか会わない。

たまご石まで脚を伸ばした。何の変哲もないタマゴ型の石で、木道の往復で疲れが増す。
姫ノ池まで戻ると一人だけになって居た。何処に消えたのでしょう。
小休止後下山開始。11時30分。

ドロドロの滑り易い坂を笹を頼りに下る。時折大きな穴が開いてるので注意がいる。
木道も小幅で歩いて転けないようにした。
第2の水場に45分で降りてきた。少し暑くなったので一枚脱ぐ。この辺りから大きな荷物を背負った人達が登って来る。

途中の水場で休憩して、台倉山まで1時間30分。疲れた。
下台倉山まで2時間20分。メンバーの脚も止まり、ゆっくりペースになってきた。
山頂に居た名古屋の老人と遇い、しばらく歩く。毎週登ってるようで歩くのも名古屋訛りの口も達者な方だった。

最初の急登上まで戻ると、雨粒が落ち始めてきた。一時本格的に落ちてきたので迷ったがそのまま歩くと小降りになり大丈夫だった。
稜線を下る登山道はまだまだ長い。
途中の蜂の巣は、朝より蜂が飛び交い、登山道まで偵察バチが現れ恐かった。
最後はゆっくり歩いて、4時間で登山口に降りて来た。

車に戻り、風呂の準備をしていると、下山口を間違えて降りてきた人達に、同乗させてくれないかと尋ねられた。
全員は無理なので、一人だけ乗せテント撤収後、銀山平に向かう。
青森から来た方達で、御多分に漏れず百名山を登っており、600kmあったらしい。
東北弁を新鮮に感じながら無事宿まで送り届け、その後温泉に入り帰阪した。

1週間前は、ヴェネチアの海の上で世界各国の言葉、今週は山の上で名古屋弁と東北弁、
刺激たっぷりの日々だった。



夏休みはヴェネチアで(3日目)2012/10/09 21:09

今朝の食事は、昼間はカフェになっている外の席で摂った。
2回目になるので、物の場所が分かり食べ易い。
今日は、ヴァポレットに乗って周辺の島を巡る予定なので、しっかり食べておく。

昨夜売り場の女性に言われたので、100ユーロを準備して48時間チケットを買う。
前夜はあったお知らせが無くなっていたので、カードでも買えたと思う。
路線図でN線を確認すると、リアルトは本数が少ないので、ローマ広場に移動した。

帰りに使う予定の5番のバス乗り場を確認し、帰国日の時刻表も見ておいた。
ヴェネチア一大きな乗り場なので、路線によって出発ポートが違いN線乗り場を
見つけて乗船する。





カナル・グランデを少し進んで、島外に向かう運河からムラノ島を目指した。
運河を離れると、最後部に居た私には、波が大きくなって飛沫が飛んでくる。お
よそ30分でムラノ島に着いた



ガラスが特産のこの島には、あちこち工房が在って、外から見学できる所もある
ようだが、それはパスしてガラス博物館に向かった。

この島は、本島と違った雰囲気です。
みんなお馴染みさんばかりで、船で商売に来る人と話込んでるのが見える。
観光客も多いので、土産物屋さんも多い。しかし、一歩裏通りに入ると静観な路
地が続いて人気が無かった。
博物館には、初期のムラノガラスから現代のガラスまで、時代毎に展示され年代
によって表現している色合いが違っていた。


周辺を散策してブラノ島にヴァポレットを乗り継ぐと、大勢のアメリカ人観光客と一緒になり、立ちっぱなしで乗ることになった。
道中、空港を発着する飛行機が見えており、眺めながら時間をつぶした。


30分程で到着、レース編みで名高いこの島の建物はカラフルです。
アメリカ人御一行は、近くのレストランに向かってい行ったようだ。
メイン通りを歩くと、至る所にレース編みの店やレストランがあって昼時でもあったので賑わっていた。

レース編みの博物館を巡る。この館もヴェニスカードで入れる。
超極細の刺繍で編んだテーブルクロスが印象深い。
展示してあった椅子に座って、お菓子を食べていたオバチャンが注意を受けていた。

昼過ぎて陽射しが強く、サングラスが役立つ。曇ってると問題ないが、日が照ると暑い。近くの公園に行き、機内食で出されたパンをカジリながら付近の干潟を眺めてました。
どの建物も色違いで、霧が多い地方なので船から目立つようにしてるそうな。

ここは、本島やムラノ島と違う長閑な漁師町といった感じだった。
小さい島で、他に見るところもないので、カラフルな街を散策する。
途中アイスを買いに店にはった。
Buon giorno、・・・ uno per favoreは定型会話になってしまった。
しかし、あのアメリカ人の団体さんは、レストラン以外に出かけたのだろうか?
ヒョッとして、昼食を食べに来ただけかも知れない。
通りを歩いてると、きみはどこからきたの?、私はフランス、私はフロリダとか
外人さんの会話が聞こえてきたので、オプショナルツアーだろう。レストランが
賑わってました。帰りの船も一杯になって立つことになった。

足が疲れてきたので、ムラノ島に再上陸してガラス工房前のベンチで休んだ。
少し歩いていると、ドイツ人の夫婦に呼び止められ、英語は出来るか、あっちに
落ちていた青いタオルは君のではないかと尋ねられた。
嫁に確認すると違うと言うので、私のじゃない、有り難うと返事をする。
しばらくして嫁が、無いという。青いタオル地のハンカチが無くなってるらしい。
どうやら、ハンカチに書いていた文字を見て、日本人が落としたのではないかと
親切なドイツ人が教えてくれたのでした。
タオルと言ったから無いと思ったそうで、帰り道に探したが見あたらなかった。

本島の観光客が多いザッカリアまで一旦戻り、乗り換えてリド島に向かう。
この島は車が通っており、また趣が違う。高級リゾート地でもあるそうで、ヴェネチア映画祭もこの島で行われるそうだ。
貸し自転車もあり、イタリアの街っといった感じがした。
昨日訪れた海軍博物館の前を通り、本島のローマ広場まで戻ると一周したことになる。
付近を散策したが、大きな駐車場があるだけで、カフェとインフォメーションがある程度で、日本の様な巨大モールを想像してたが当てが外れた。
夕刻になり、リアルト橋まで戻ることにした。

夕食は、昨夜場所を確認したお店、Cantina do spade に行く。前でお兄さん達が開店を待っていて、別のカップルも覗いてたので人気店なんでしょう。
18時を過ぎ、店の人が出てきてカップルが入った。ネットでお勧めのお店でもあり話の種に入ったみる。
手前はバーカロになって、気の良さそうなお兄さんに奥のテーブルに案内された。
メニューは英語表記もあるので助かる。お兄さんが説明をしてくれ、
アンティパストは仔ダコ白いソース do spade 風
プリモピアットは、イカスミのスパゲッティとシーフードのラビオリ
白ワイン 2グラス
に決定。どの程度の量が出てくるか分からなかったので、少なめにした。
待っている間に、アメリカ人が数名、Ciaoと入ってきて英語で注文して、賑やかに話している。
アンティパストが出され、一口で「美味い」と嫁、確かに評判だけのことはあった。
食べてると、日本人女性と思われる方が席に着き、イタリア語で注文している。旅慣れているようで、チケッティをバーカロから適当に選んで前菜にしていた。なるほど、そんな食べ方も在りなのですね。


出てきたスパゲッティとラビオリは、予想通り量が多めだ、本場のイカスミの濃厚な味とカニがみっちり入ったソースのラビオリで、もちろん美味しいに決まっている。

途中お兄さんが、味はどうだいと話しかけてきて、very good オイシイ と応えたら、満足した顔をしていた。ドルチェはどうすると聞かれたが、そこそこお腹が一杯になったので止めといた。
そうこうする内に、バーカロや周辺の席も埋まってきたので、出口で会計をする。2人で40ユーロ、リーズナブルな値段と味に納得して店を後にした。
普段辛口の評価をする嫁の方から、明日も来ようと言うくらい、店の雰囲気が気に入ったのでした。

今夜もCOOPで買い出しする、慣れたもので道を間違えなくなった。
白ワイン、チーズ、ビール、ネクタリン、ミネラルウオーターを購入。レシートが残ってるので間違いはない。
今日も一日立ちっぱなしだったので、早めにホテルに戻ることにした。



練習会は散々2012/10/11 20:57

昨夜は、3週間ぶりに登ってきました。
旅行や山登りで全然登ってなかったので、予想通りの散々な出来でした。

正面壁の定番から開始。
10c緑
10c緑×
10c紫/
これだけで完全にパンプしてしまうようでは、先が思いやられる。
最近出来たルーフ右10d茶、ガバばかりで登り易く感じました、OS。

ルーフ11ab水色/
ルーフ左10c茶
を登ってUp終了、これだけで腕が終わった感じです。

昨夜の人気ルートのルーフ11b茶。最近出来たので皆さん次々に挑戦していきます。
観察してても、ルーフ下のムーブが分からぬまま登ってみた。
1便目、ルーフ下の大ガバの手前で落ちてしまう。勢いが足りませんでした。
2便目、十分に休憩して取り付くが、既に保持力が切れており、ルーフまで届かず。

後の筋トレもテンションの連続に終わる。
正面中央10bc赤、何度も登ってるのに2テン。
続いて10b青、クライムダウンもするのに、今日は2テンで登るのが精一杯。
休んだ後
垂壁10a黒は、RP。
続いて正面10a水色/、入門者のルートでさえ1テンでしか登れなかった。

と保持力の低下を体感した結果に終わりました。
何か身体にリセットが掛かったみたいなので、これを最低限にして徐々に復活を
目指します。

夏休みはヴェネチアで(4日目)2012/10/13 22:37


今日も朝から曇り空、朝のリアルト橋は静かです。

朝食を摂っている間に、横の桟橋には次々に荷物を積んだ船が着き、リストを確
認しながら次々に配達先に運んでるようだ。船から男が荷物を投げて、そのまま
配達の男が受け取っている。どちらも屈強な体だからこそ出来る作業だ。
夜中に出た飲み殻や空き缶を作業員が集めている、その仕草が独特で見入っていた。
まだ人通りがないリアルト橋。あと1時間くらいで賑やかになる。
今日もしっかり食べておいた。



まだ1日ヴァポレットの券が残ってるので、適当に来た船に乗る。
ローマ広場方面に向かったので鉄道駅で降りた。ヨーロッパ大陸の各地から繋がる電車があるので、駅前は大きな荷物を持った人が多いい。


折角なので、駅の構内を探索する。ヴェローナは1時間ほどで行けるそうで、電
車を探すと見つけられ、乗車券を刻印する機械がホームの横にあった。
乗車券は券売機で売られてたので、試しに操作すると私でもカードで買えそうで
した。遊んでいると、いつの間にかアフリカ人が順番を待ってたので譲った。


再度船に乗り、嫁のリクエストでアカデミア橋方面に向かう。

アカデミア橋周辺は、芸術の香りのするところだ、最近は現代アート関係の店も
増えてるらしい。確かに、画材屋、宝石店、アクセサリーの店、画廊などが多
かった様に思う。ヴェネチア文化を感じる街です。

ジュデッカ運河沿いに歩いてると、運河を漕いできたボートがクラブの倉庫に入
るのを目撃する。
専用のクレーンで上げているとは、見て驚いた。

波が歩道まで上がっている横を通り、カエルを持つ少年の像まで行くと、観光客
が大勢居る。税関岬と呼ばれる所で、行き来する船舶を眺めているだけで楽しい。



横のサンタ・マリア教会に入り寄付をしてきた。
出るとついに雨粒が落ち始めたが、小雨なのでそのまま歩く。

急に嫁の足が止まった、どうやら気に入った物を見つけたらしい。
店の中に入ると、誘惑が多くて目移りした模様で中々決まらず、私はただ待つのみ。
やっと決まり支払いをカードですると、使えないと言われ別のカードで無事買えた。
楽天カードはなんで使えなかったのか未だに不明です。
売り子のお姉ちゃんに聞くと、ここの作品は、ムラノガラスを使って私とボスの
2人で作っていると教えてくれた。嫁はご満悦である。

迷路を観光客の流れに従って歩いてると、みやげ物屋があり見たが買わずに歩く。

雨が本降りになって、目的地の18世紀博物館を探すが迷ってしまう。
一度降り出しに戻りながら再度位置を確認すると、運河沿いの細い路地の奥に入
り口があった。

18世紀博物館には、昔のヴェニスの絵がある。今日本で開催されている展覧会に
2点出払っていると案内があった。
疲れてきたので下のカフェで一服する。
カウンターで頼むとテーブルかと聞かれ、Si、テーブル料金で初めてエスプレッ
ソを頼んだ。
カップの底に砂糖とコーヒーのエキスが有るだけ。スプーンで砂糖を舐め本場の
味を楽しんだ。



次は、まだ行ってない対岸の島ジュデッカ島へ、ヴァポレットを乗り継ぎ到着。
小さい島で生活の香りがする島だ。洗濯物が映画に出てくる様に窓から吊られて
おり、タイムスリップした気分になる。
湾沿いに歩くと、土曜日でありパーティなのか、着飾った男女が多数バールで軽
く飲んでる最中で賑やかだった。道を歩いている人も本島とは違った格好で皆決
まっている。
海軍の関係施設があるようなので、そのパーティだと推測した。
先ほどの庶民的な雰囲気から一転、社交界を思わせる光景で、ミスマッチが新鮮
だった。

端に近づくと高級そうなホテルがあったので近くのベンチに座り、残っていた機
内食のパンをかじって通過する船を眺めていると、地元のお婆さんに話しかけら
れた。
「どこから来たの?、この島は気に入ったかい?」と聞かれたと思う。イタリア
語なので雰囲気から察するだけ。
取り敢えず知ってるイタリア語で、日本から来て、ヴェネチアが気に入ったと話
したが、なんとなく通じたようで、イタリア語が続けて返ってきた。しかし、
解読不明なので英語で応えたが、お婆ちゃんは英語が分からないようで、それ以
上会話が出来なかった。意思疎通が出来ず少々残念でした。

その後、対岸に戻り、サンポーロ地区を目指して歩く。
この辺りの運河は特に入り組んでいるようだ。運河沿いに歩いてると突然良い香りが漂っている店があった。こんな店が地元の食堂なんだろう、Travel adviserのステッカが張ってあったので、英語のガイド本にも紹介されているのだろう。
日本のガイド本に紹介されてる店は日本人が多くて、Travel adviserが貼ってある店は英語で話している人が多かったように思う。当然といえば当然なのだ。
日本のガイド本には、比較的大きな店が多いとも思った。そんな店は高いので街のカフェで簡単に済ますに限る。

GPSを見ながら大まかな方向を決め向かうのだが、運河に立ちはだかれ、またまた迷走することになる。通路が狭くて屋根もあったりして感度が悪いので、最後はカンに頼って歩くのみ。でも今回GPSがあって助かった。

明日は帰国するので、おみやげを物色しながら歩く。雑貨屋やカフェ、ドルチェ屋やら観光客も多く賑やかだ。
例によってマグネットを購入する。この辺り、サンマルクやリアルト周辺より物価が安く感じた。チョコレート専門店が有ったのでおみやげを買う。このお店、チェーン店で他にもありました。やはり安い。至る所にカフェとお菓子屋が在るので、陳列されている食材を眺めながら歩くのも楽しい。

雨も降って薄暗くなり始めた。迷いながらも per Rialto の表示を見つけて一安心。
今夜の食事も前夜気に入ったCantina do spade にした。
今回も開店早々に入ったので店は疎ら。昨日のお兄さんが、おや?とした顔で迎えてくれた。
この日本人、気に入ったんやなと表情から伺える。2日連続で来る輩は少ないのか、妬けに親切だ。早速メニューを持ってきてくれて、今日は何にするんだいと、
アンティパスト:ミックスサラダと鰯の白ソースdo spade風
プリモピアット:ラビオリ トマト味
までは直ぐに決まった。今日のお勧めは何?と尋ねると、グリルが旨いぜとメニューを指さして教えてくれたのでセコンドピアット:白身魚のグリル
それに今夜は最後の夜なので、ささやかな贅沢でハウスワインをハーフボトルにミネラルウオーター。
ガッサータかい、ナチューレかいという言葉が最初理解できなくて一瞬戸惑ったが、ナチューレにする。
後のテーブルのスペイン系の客はガッサータが良いと言っていた。国民性ですかね。
先ずはワインで乾杯。今夜はハーフサイズではあるが、イタリアンサイズなので結構量が多い。
出された海鮮サラダは、生野菜がそのまま、味付けはお好みでオリーブオイルとバルサミコ酢でどうぞらしい。
鰯と白ソース(昨日のタコと同じ味)の鰯が焼かれて香ばしく旨い。
今夜は、前夜以上に客が次々に入って来て、バーカロはほぼ満員。お兄さんは店内を忙しく動き回っている。
いや、ホンマにエエ店です。味もさることながら、一部にあるような、日本人を無視したような態度はなく、どの国の人間も関係なく同等に扱っているのが気に入りました。イタリア語が出来れば問題ないけど、スタッフの皆さんは英語も話せます。まぁ、これだけ英語を話す人間が毎日来たら上手くなるでしようね。

白身魚のグリルは、ニンニク風味の油がたっぷり載った身で、ワインと伴に美味しく食べられた。
お兄さんがやってきて、味はどうだいと聞いてきたので、Buono!
日本から来たのか? Si ジャポネーゼだ。
ヴェネチアは初めてか? 嫁は2回目で私は初めてだ。
日本には行ったことあるか? Non、高くて行けないよ。
それに、時間も掛かるしね と私。
OK、ドルチェは何にする。ティラミス、ホームメイドケーキ、パンナコッタと言ったらしいが、分かったのはティラミスだったので、それを頼んだ。
出てきたティラミスは正にイタリアンサイズで濃厚な味だった。一つで良かった。

もう満腹でワインが効いてきた。賑やかな店内のあちこちで各国の言葉が入り乱れる中、会計を済ます。今夜は2人で59ユーロだった。
店を出て、充実した夕食に2人とも満足感に浸った。良い思い出になりました。

さあ、最後は帰国前夜恒例のナイトクルージング。
パリは路線バスだったが、今回はヴァポレットで巡った。
夜遅くになっても人通りが絶えないリアルト橋からザッカリまで乗る。昼間見た光景とは違い、照らされた明かりで海面に映る夜景が美しい。

今夜もサンマルコ広場へ向かった。広場での生演奏も今夜が見納めだ。年輩のウエイターが、椅子に座った客に注文を取りに来ている。その横で立ち見の私達は聴いていた。
昨夜も来てるので、道は間違えないでホテルに帰り着く、今日も良く歩きました。
買い出しはしないで、ホテルの部屋で残ったチーズ、ワインなどの食材をを始末すると満腹になった。


夏休みはヴェネチアで(帰国日)2012/10/14 21:40



いよいよ帰国する日になった。
今日は日曜日なので、朝食を摂るカフェ横の人通りも若干少ないが、船からは大勢の人が下りてくる。
滞在中食べ過ぎたし、また機内食が出るので少な目にする。
部屋に戻る際、フロントで荷物を預かって貰えるか確かめる。
昨夜からどう伝えようかと思案してたが、どうにか伝わり胸を撫で下ろす。

戻って荷造り開始、今回は壊れ物の買い物をしなかったので比較的簡単にできた。
フロントに電話して、ポーターを呼び荷物を降ろして貰えたので助かった。
5階から1階まで入り組んだ細い廊下を降ろすのは、嫁には出来なかったでしょう。

チェックアウトでは、滞在税というものが必要で、32ユーロ掛かった。
1日一人4ユーロの計算でした。都市によって1~5ユーロで値段が違うらしい。
荷物を置けるか確認すると、出来るというので付近の散策に出かけた。

昼には出発しないと間に合わないので、約3時間しかない。
まだ歩いてない方面を目指した。

魚市場は日曜なのでお休み、昨日ヴァポレットから見た賑わいが嘘のようで、横の野菜市場に店が数店開いてるだけした。
その横の運河で、テレビ撮影をしてたので覗いてみた。
運河に捨ててあったゴミを引き上げているようで、古い自転車も上がって来てました。
ここヴェネチアもゴミ問題があるのですね。

食堂近くを歩いてると、同じ名前の運河を発見する。
周辺は昨日歩いている所だが、やっぱりお店が多く感じる。
何処の街も市場周辺が賑わうのは同じですね。


リアルトから北方面に向かってみた。
こちらは、道が少し広めで地元民が多い感じがする。おみやげを扱う店もあり覗きながら歩く、お菓子屋も多くて店頭を見てるだけでも飾り付けが違って面白い。

お菓子屋で買った際、半額になってたビスケットが、定価で打ち込まれている事に、店を出てから嫁が気付いた。
戻って言ったろかと嫁が言うが、わずか2ユーロの違い。面倒に思う私は、教訓代だと思って置けば、と嫁をなだめておいた。
やっぱりその場で確認しないといけませんね。反省。
周辺は地元の銀行支店や有名ブティックがあったりして、第2の中心部のような雰囲気でした。

時間も無くなってホテルに戻り、フロントで荷物を受け取る際、ポーターを呼んでくれて預かり部屋に案内され、荷物を指し示し無事荷物を受け取ることが出来た。


早めに空港に向かう。いよいよヴェネチアともお別れです。
ヴァポレットと空港バスのチケットは12ユーロ、予習通りローマ広場のバス停から乗車する。
こちらのバスは、何の車内放送もなく、降車ボタンを押すと止まるが、それも短くて直ぐに発車してしまう。ウカウカしておられない。
一旦降りた男性が、間違えていることに気付き再び戻ろうとしたが、既にドアが閉められ問答無用にバスが出て行った。日本では再び扉を開けてくれる間でした。

バスの連結部分にケースと一緒に乗ってたら、親切な日本人男性に席を譲られた。
仕事でこちらに来られているそうで、飛行機に荷物を忘れ、引き取りに戻っている事だったが、無事に帰ってきたのだろうか。

30分で空港に着いた。
日曜日の午後ということで、空港内は大混雑している。エミレーツのカウンターを探すも大変だ。人を掻き分けカウンターを見つけると長蛇の列で焦ってしまう。
駄目元で、ビジネスクラスとオンラインチケット専用ブースに行くとOKだという。
すんなり搭乗手続きが出来て拍子抜けした。
まだ時間があるので、ごった返す空港から一度外に出て周辺の景色を眺めた。
可愛いタクシーが前に止まってた

荷物検査に並んでると、前に居た女性に周囲の目が注がれている。
日本のアニメに出てくるようなメイド風のピンクのスカートに、頭には蝶の飾りを付けた格好をしており、金髪の若い子だと思ってたらどう見ても中年のおばさんで、目尻なんか老人でも良さそうな人だった。横にいたおじさんも格好は若いが老人だ。
パスポートを見ると、アルゼンチンでした。
アニメの世界は日本だけかと思ってたら、南米にも居ましたわ。
写真を撮ろうかと思ったけど止めといた。

検査を済ませると、安心感からか出国検査を忘れてしまい、ユーロ圏の出発ロビーで休みすぎてしまい、危うく乗り遅れる所だった。やれやれこれで帰れる。
搭乗まで15分あったのでDUTY FREEで買い物をし、100ユーロ札は使い勝手が悪いのでここで崩し、今回はほとんどおみやげが無いので3本だけ買う。

ヴェネチアともいよいよお別れ、遠ざかってゆく街並みに別れを告げた。
今回の機中も様々な言葉が入り乱れている、脚の悪そうなアジア系おじさんが盛んに立っている。横に座った南アジア系お姉さんのシートベルトを間違えて付けてしまい、お姉さんに指摘され謝った。


朝からほとんど食べてなかったので、カレー味の機内食が美味しく感じた。
直ぐに夜になるが寝られる訳もなく、時間が経ちドバイへ。

現地時間の23時に到着。今回もタラップからバスに乗り込み広い空港を巡った。
4時間の乗り継ぎで、その間長いベンチで寝ていた。横に居たインドネシア風のおじさんがスパイシーな香りのする溶液を付けていて、鼻に付いて仕方なかった。
往きのこともあるので、ゲートを確認すると替わってないので、搭乗ゲートに入った。
搭乗ホールは一転日本人の世界です。旅行会社のツアーが多くて、団体行動するので分かる。

定刻通り飛ぶと、またナイトミールと称して食事が出た。JALとのコードシェアなのでアナウンスに日本語が入る。蕎麦が出され箸も付いてきた。

航路はカシミールからチベットの上空へ、北京を通り日本に帰ってきた。

まだ新しいボーイング300ERで各種の設備が充実していた。名物n夜空。
前に座っていたアラブのお姉さんが盛んに日本上空の写真を撮るので尋ねると、初めて北らしく、研修先の人が空港で待ってるそう。
夕刻せまる関空に到着、入国検査で盛んに係員が放送していたのを聞いて、日本やなと実感する。ドバイもマルコポーロもこんな放送は一切無かった。
ゲートを出て今回の旅も無事に終えることができた。
帰国日に歩いたところ、